The Art of Sake Brewing (vol.2)


杜氏とは、五感を使う仕事。

「見守り、育てる」後進への眼差し

  賀茂鶴酒造株式会社 総杜氏 友安 浩司 氏

 

日本三大銘醸地に数えられる、東広島市西条。周囲を賀茂山系の山々に囲まれた西条には、その伏流水がこんこんと湧き出る。井戸水は美酒を醸す仕込み水となり、町の人々の喉を潤す飲料水としても親しまれている。今回は、そんな酒都・西条の一画にある賀茂鶴酒造 四号蔵を訪ねた。文化遺産としての姿を保ちながらも「世の中の要求に応えられる」設備へと変貌を遂げた蔵を案内してくれたのは、同社の友安浩司 総杜氏。その言葉の端々には、地域と「若い人たち」への想いがあふれていた。

 

「昔の人は、ここにいい水が出るって知っていたのでしょう」

西条駅の南口ロータリーを抜けると、ほどなく酒蔵通りに行き当たる。通り一帯には、7軒の由緒ある酒蔵が軒を連ねる。賀茂鶴酒造を訪ねたのは3月下旬。青空を背景に、赤煉瓦の煙突が映えていた。

案内してくれた友安総杜氏は、「昔の人は、ここにいい水が出ると知っていたんですね。これだけ酒蔵が集まってるということは」としみじみ語る。

この地を銘醸地たらしめた要素のひとつが、賀茂山系の龍王山を源流とする伏流水だ。龍王山に降った雨水は、南側では酒処·西条の酒蔵で仕込み水として用いられ、北側では川を経て酒米の栽培に使われる。

西条の井戸に湧き出る水は、およそ15年の歳月をかけて地下の花崗岩の断層を通る。山の中腹あたりで14mg/lの硬度は、酒蔵通り近くでは60mg/lほどになる。

 

比較的軟らかい水で仕込んだ西条の酒は、硬水仕込みの兵庫の銘醸地・灘の「男酒(おとこざけ)」との対比で「女酒(おなござけ)」と呼ばれる。しかし、まろやかな味わいを生む軟水はミネラルが少ないがゆえに発酵しにくい。軟水で良質の酒を醸せるようになったのは、軟水仕込みの技が確立されてからのことだった。 

現在の東広島市安芸津町の酒造業者・三浦仙三郎氏は、「広島杜氏の伝統の軟水醸造法」を創案し、1887年『三浦式醸造法』にまとめた。そして、現在の精米機トップメーカー、サタケの創始者・佐竹利市氏が、日本初の動力式精米機を開発。「米を磨く」技術を提供し、西条の吟醸酒の質を高めた。第一号の動力精米機が導入されたのは、のちの賀茂鶴酒造だ。

 

こうして誕生した西条の銘酒だが、全国的な知名度を獲得したのは1894年、山陽鉄道(現在のJR西日本山陽本線)が開通してからのこと。鉄道開通で大阪、東京などの巨大消費地と西条がつながった翌年、賀茂鶴酒造は酒造業で初となる新聞広告を展開した。交通インフラと同社の先進的な取り組みが、西条の銘酒を全国区へと押し上げたのだった。


地域のために、地域とともに。原料米は広島県産100%

酒蔵通り沿いに、西条の歴史を伝える広場がある。立て看板には、庄屋と酒蔵を中心に発展してきた街の歴史が記されている。毎年10月の「酒まつり」の日、広場は全国から押し寄せる酒好きの人々で埋め尽くされる。

「コロナ前は、2日間で25万人が訪れていました。昨年やっと再開できて、大いに盛り上がりました。最近は外国からの観光客も多いです。西条を面白い街にしたいですね」。友安総杜氏の「広島・西条の未来を明るいものに」という切なる願いが伝わってくる。

友安総杜氏の地域とのつながりは深い。出身校の西条農業高校と協力することもあれば、山田錦の栽培農家の言葉に刺激を受けることもある。

「農家さんが賀茂鶴のお酒を飲んで、『わしらが作った米がこんなに美味しい酒になってるんだから、わしらも頑張らんといけんのう。もっといい山田錦を作ろう』って。情熱に共鳴しますし、励まされます」。(友安総杜氏)

飯米と比べて栽培の難易度が高い酒米。中でも山田錦は背が高く、収穫を迎える前に台風などで倒れるリスクと隣り合わせだ。栽培農家が減少している今、友安総杜氏は労苦をいとわず栽培を続ける農家を「守らなくては」と力を込める。「栽培してくれる方々がいなくては、私たちは酒を造れません」。

地域のために、地域とともに。その想いは、「原料米は全量、広島県産」という同社のこだわりにも表れている。以前は兵庫県産山田錦も使っていたが、7、8年ほど前からすべて広島県産に切り替えた。

2017年には、酒造好適米「広島錦」を使った「純米大吟醸広島錦」を発売した。広島錦は山田錦以上に背が高く、倒伏の危険から栽培が困難で次第に栽培されなくなった広島県で誕生した酒米。同社が、九州大学に保管されていた広島錦のわずか100粒程度の種もみを譲り受けて徐々に増やし、法人設立100周年を記念して大吟醸酒を醸した。

 

原料米を全て自社で精米するという「全量自社精米」も、こだわりのひとつ。総杜氏曰く、「賀茂鶴として酒を出すからには、品質に責任を持ちたい」。広島県で育てられた米を自社で精米し、賀茂鶴の品質を保証する。

時を超え愛される「ゴールド賀茂鶴」の味、「守っていかなくては」

大吟醸 特製ゴールド賀茂鶴

「賀茂鶴」の品質には当然ながら、完成品である酒の味わいも含まれる。それは、賀茂鶴の醸造蔵に代々受け継がれてきた「アマからず、カラからず、ピンとしていて、ウマくち、サエ。甘辛の中庸」の味だ。

「アマ、カラ、ピン、ウマ、サエの酒は、飲み飽きしない。飲み飽きしない酒が、私にとっていちばん美味い酒です」(友安総杜氏)

 例えば「大吟醸 特製ゴールド賀茂鶴」(以下、「ゴールド賀茂鶴」)。大吟醸ながら香りが抑えられたその酒は、小味の効いた料理を引き立てる。

「長く愛されてきたのは、甘辛の中庸で料理を引き立てる味を守ってきたからこそ。『ゴールド賀茂鶴』はずっとそういう酒であり続けてきましたし、これからも守っていかなくては」と、友安総杜氏。

「引き立てる」とはいえ、「ゴールド賀茂鶴」は単体でも十分成立し得る完璧なバランスと美味しさを湛えている。華やかな存在感を放つ大吟醸だけでなく、伝統に裏打ちされた“いぶし銀”のような大吟醸もある。

主役を照らす存在でありながら、自らも時を超えて輝き続ける大吟醸。「ゴールド賀茂鶴」はまさに、日本酒の幅の広さを代弁してくれるような酒だ。友安総杜氏は、「香り高い大吟醸が人気の海外の方々にこそ、『ゴールド賀茂鶴』を届けたい」と話す。



四号蔵の大改修を敢行、フジワラテクノアートがプラントエンジニアリングを受託

「ゴールド賀茂鶴」が醸される蔵は、2018年に大改修が敢行された四号蔵。大改修のきっかけのひとつは、蔵人不足だったという。酒造りの季節限定で働きに来ていた蔵人たちが高齢化し、蔵人不足が深刻化していたのだ。 

四号蔵の大改修について語る 友安浩司 総杜氏

従来よりも少ない人数で、同じ生産量を維持しなければならない。「実質的な増産」に対応するには、年間を通して生産でき、なおかつ少人数で休暇も確保しやすい環境が求められていた。

 「酒造りにやりがいがあるとはいえ、やりがいだけでは限界があります。若い人たちにとって魅力的な仕事にしなくては」と、友安総杜氏。

折しも、本社から距離のある御薗蔵が設備更新の時期を迎えていた。「更新のタイミングで醸造設備を本社周辺に集約し、小仕込みにも対応できる設備に」との狙いもあった。

「集約することで、稼働中の二号蔵、四号蔵、八号蔵全体をひとつの組織としてローテーションを組めるようになります。合理的だし、何より『賀茂鶴の酒はここで造っている』と言えます」

 

総杜氏の言うところの「世の中の要求に応えられる設備」を目指して、フジワラテクノアートがプラントエンジニアリングに着手した。国の登録有形文化財の姿を残しつつ、清潔かつ動きやすい作業環境をデザインし、吟醸蔵商品群や「スチールベルト式横型連続蒸米機」、「サナ板付浸漬タンク」といった装置を効果的に配置した。衛生面も徹底した。

 

 

白壁や基礎の内側に新しく壁を設置することで

国の登録有形文化財を保存している。

スチールベルト式横型連続蒸米機


水はけや除湿など衛生管理にこだわった環境づくり

サナ板付浸漬タンク(サナ板回転の様子)

水はけを良くするために床に傾斜をつけたり、洗い残しを防ぐために溝のグレーチングをなくしたりと、随所に工夫をこらしている。米の搬入口など、外とつながる空間には二重扉、施設の出入口にはエアシャワーが設置されている。

 

「機器の選定においても、洗浄性と衛生面は大きなポイントでした」と、友安総杜氏。「『サナ板付浸漬タンク』は、サナ板が両方向に回転するので洗いやすい。排水口も取り外せて、内側までしっかり洗えます。また、除湿器を設置してカビの発生を抑えたり、コンベアへの排出時に米が飛散しない設計など、工夫が散りばめられています」。

 

性能面の評価も高い。「脱水が早くて効率がいいだけでなく、吸水のばらつきも防げます。38%の大吟醸もこれで浸漬しているくらい。蒸す前に手でつぶして芯が残るくらいの硬さになっている状態が理想なのですが、サナ板で限定吸水できるから目標の吸水率を狙いやすい」。

 

 



四号蔵の中須賀 玄治 杜氏に、装置の使い心地を聞いてみた。

インタビューに答える中須賀杜氏

米の状態から浸漬時間を秒単位で調整

「全体的に原料処理のスピードが上がったのはもちろんのこと、ばらつきが少ないのがいいですね。再現性も高い。ダイヤル式ではなくタッチパネルなので正確に数字を入れられるし、ベテランでなくても使えるから人にも教えやすい。例えば、蒸し具合を感覚ではなく数字で的確に伝えられます。オートメーションというより『しっかり使える道具を得た』という感じです」(中須賀杜氏)

「しっかり使える道具」。その言葉は、杜氏が装置を使いこなしている証拠でもある。タッチパネルで設定が容易になったとはいえ、設定自体を決めるのは杜氏自身。米の状態は毎年変わるし、井戸水の温度も季節ごとに変わる。

 

「蒸して、触ってみて、設定時間を秒単位で調整します。そこに造り手の経験が生きてくる。最適な設定を見極めるには、杜氏の五感が欠かせません」(中須賀杜氏)

 

 

 

 


友安総杜氏も同意する。「設定を入力したり、データを分析したりはするけれど、決め手になるのはやっぱり五感。製麴であれば、見て、触って、香りと味を確かめます。子育てと同じ。寒がっていたら毛布をかけ、暑がっていたら扇風機をあててやる。いち早く変化を見つけるのが、杜氏の仕事です」

麹室で手造りの製麹を行う様子

同蔵には、「VEX方式完全無通風自動製麹装置」とは別に、手造り用の麹室も設えてある。友安総杜氏は、理由を語る。「30℃で引き込むとして、温度計を見ながら引き込むようでは遅すぎます。熟練してくると、温度計を見ずとも手触りで分かる。機械でそれなりのお酒はできるようになるかもしれませんが、私は、魅力あるお酒は五感からしか生まれないと思っています。その感覚を養うために、麹室を作ってもらいました」

機械で製麹するときも、杜氏は必ず、実際に手で触れて確かめる。まさしく杜氏とは、五感を使う仕事なのだ。


人を育てる。「任せてみることで、若い発想はどんどん伸びる」

四号蔵の大改修を機に、賀茂鶴酒造では社員を中心とした酒造りへと舵を切った。指示を出さずとも動いてくれるベテランの蔵人に頼っていた従来の酒造りから、転換を図ったことになる。

「あのときに転換しておいて結果的に良かった」と、友安総杜氏。「社員だけで酒造りができる体制を整えていたおかげで、コロナ禍でも人手不足に悩むことなく酒造りを続けられました。働きやすい環境になり、小仕込みも試せるようになって、提案も反映しやすくなった。最近は、中須賀をはじめとする若い世代が、新しい風を吹き込んでくれています」。 

チャレンジカップで開発した

焙煎麹を使用した酒※販売終了)

 若い世代の日本酒離れが言われて久しい昨今、「伝統の味を引き継ぐだけでなく、時代に合った新しい酒造りも求められています」と、友安総杜氏。

「時代に合った酒」とは、どんな酒か。総杜氏は、「それが分かれば苦労しません」と笑う。「試行錯誤するしかない。若い人たちは頭が柔らかい。1+1=2ではなく、3にも4にもなる発想を持っています。私にできることは、若い世代が新しい酒を造れるような環境を整えることです」。 

友安総杜氏は2021年、社内で「チャレンジカップ」を企画した。部署横断型の6〜7人でチームを構成し、米や酵母の選定から醸造方法、パッケージデザイン、マーケティングに至るまで自ら考え、実行する。製麹には、手造り用の麹室を使った。友安総杜氏は、「新しい挑戦をするには、ものを見極める判断力が要ります。そのための目を養うには、手造りの経験が欠かせません」と話す。 

チャレンジカップの結果、4チーム中3チームの作った酒が商品化された。

「トップダウンで作るのと、『こういうことをしてみたい』と思って作るのとでは、生まれる商品が全然違います。任せてみることで、柔らかい発想はどんどん伸びます。若い人たちに『やってみなはれ』と伝えられるような心持ちでいたいですね」(友安総杜氏)


伝統を守りながらも新たな発想を促し、状況に応じた変化をいとわない。友安総杜氏は、実はフジワラテクノアートにプラントエンジニアリングを依頼した理由のひとつが、そこにあったと振り返る。

「会社に何度かおじゃまして、考え方、働き方の柔軟性がいいと思いました。変わらないことを基本におきつつも、状況に応じて変化する。若い人たちを含め、皆の力で会社を発展させる。フジワラテクノアートという会社全体からそんな雰囲気が伝わってきて、『私たちと同じ方を向いている』と感じました」(友安総杜氏) 


後進を育て、技を引き継ぐ。

伝統を守り、後進を育て、技を引き継ぐ。その営みは、酒造りそのものにとどまらない。中須賀杜氏は2018年、他の若手社員2名とともに、木製甑修繕・管理のための箍(たが)を編む技術を学ぶために大阪府堺市の藤井製桶所に3週間泊まり込みで習った。その後、同所の三代目・上芝雄史氏と藤井泰三氏が賀茂鶴酒造を訪れ、中須賀杜氏らに技術を伝えながら、隣接する西條鶴醸造の木桶の修繕を行った。その翌年、藤井製桶所に再び数週間泊まり込みで、大桶を製作した。杜氏は2024年に木桶で生酛造りのお酒を仕込む予定だ。

中須賀杜氏らが製作した木桶


総杜氏 友安 浩司 氏

  取材当日、中須賀杜氏が全国の品評会に出す酒を決めるべく、地元の品評会へと出かけていった。友安総杜氏は、「戻ってきたらまた何かしら聞いてくるだろうね」と笑みを浮かべて見送った。若い杜氏に助言することは、友安総杜氏にとって「自分の酒を出品するのと同じくらい、大きな責任を感じる」という。

 

友安総杜氏は、「職人の技、手造りの技術を途絶えさせるわけにはいかない。こうして私たちが引き継いでいかなくては」と力を込める。「私は古い人間なんで」と笑いながら語る総杜氏の言葉には、「伝統の味を守り、引き継ぐ使命感」と「若い世代へと託す希望」が、共存していた。



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